使徒パウロはローマ人への手紙の半ばに 「イスラエルの問題」 について論じているのですが、本当はイスラエル自体に問題はありません。イスラエルは神様の選んだ器であって、この器を通してご自分を現し、世界に救いを与えるのです。人類(ユダヤ人と異邦人)が神から離れようと、もしくは自己中心的に神に到達しようと、結局は神様が全てを治めるのです。もちろんのこと、人間には自由意志が与えていますけれども、いずれに神様は御心を実現されるのです。
神様がイスラエルを選択したことは、イスラエルの自由意志と神の絶対性との間に衝突をもたらすことはありません。
旧約聖書:エレミヤ書 18:1-6
主からエレミヤに臨んだ言葉。 「立って、陶器師の家に下って行きなさい。その所でわたしはあなたにわたしの言葉を聞かせよう」。 わたしは陶器師の家へ下って行った。見ると彼は、ろくろで仕事をしていたが、 粘土で造っていた器が、その人の手の中で仕損じたので、彼は自分の意のままに、それをもってほかの器を造った。 その時、主の言葉がわたしに臨んだ、 「主は仰せられる、イスラエルの家よ、この陶器師がしたように、わたしもあなたがたにできないのだろうか。イスラエルの家よ、陶器師の手に粘土があるように、あなたがたはわたしの手のうちにある。
イスラエルが彼らの神様に信仰と信頼を持って膝まずくよう祈ってください。
