先週、信仰は誠実でありつつも、どこまでも間違ったものともなりえます。神様は、ただ信仰を持っているということではなくて、その信仰の対象と中身において私たちを裁かれます。
ローマ人への手紙 10:9
,,,、もし自分の口で「イエス・キリストは私の主です」と告白し、…
私たちは最初にイェシュアの神性を受け止めなければなりません。
人々にはイェシュアについて様々な思いを抱いています。善い人、良い教師、預言者、インチキ、魔術師、狂人、嘘つき。しかしイエス様について、たった一つの告白が大事です。それは、イエス様は主である、という告白です。つまり、
- 実体が神のご性質と同等である。
- 神そのものでありつつ人間そのものである。
究極的には、告白は個別的かつ個人的です。だから私たちはすべてのユダヤ人が告白して信じることを祈るのです。
すべてのユダヤ人がイエスは主であると告白して信じるように祈りましょう。
