人が他人に対して罪を犯した時、そこにはいつも神様の赦しという希望がありました。しかし、人が主である神様に対して罪を犯した時は希望がありません。これが大祭司エリの息子たちに起こりました。
サムエル記上2:22-25
22エリはひじょうに年をとった。そしてその子らがイスラエルの人々にしたいろいろのことを聞き、また会見の幕屋の入口で勤めていた女たちと寝たことを聞いて、 23彼らに言った、「なにゆえ、そのようなことをするのか。わたしはこのすべての民から、あなたがたの悪いおこないのことを聞く。 24わが子らよ、それはいけない。わたしの聞く、主の民の言いふらしている風説は良くない。 25もし人が人に対して罪を犯すならば、神が仲裁されるであろう。しかし人が主に対して罪を犯すならば、だれが、そのとりなしをすることができようか」。しかし彼らは父の言うことに耳を傾けようともしなかった。主が彼らを殺そうとされたからである。
イスラエルがイスラエルの神なる主の前に義とあられるよう祈りましょう。
[Last week we recounted medical breakthroughs by Jews. For the next few weeks we will highlight inventions by Jewsish men and women.]
